大阪-富山

 

2ヶ月以上更新が滞ってしまった。特にめちゃくちゃ忙しかったからではなく、ただただ書くためのインスピレーションが湧いてこなかったのだ。

その間に世界はすっかり夏真っ盛りになり、例によって夏が嫌いな私は家に篭ってばかりいる。(まあご時世的にこもらざるを得ないってのもあるけどね)

そしてその間に、地元・富山に戻ることを決めた。私にとってはちょっとだけ大きな決断である。理由はいろいろあるが、ちょっと前まで考えられなかった「地元に戻って生活をする」ということを、ここのところの私はポジティヴに受け止めている。その心境の変化に私自身が一番ビックリしている。今回は不可抗力的な要因も多分にある故、悔しさの混じった複雑な感情を伴う決断でもあったし、きっと戻ってからは楽しいことばかりではないけれど、それ以上に、自然の中で四季の変化を感じながら家族と生活できることを、今は心待ちにしている自分がいる。

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実家の近くの蓮池にて。

幼い頃から、山ばかりで何もない地元が嫌で嫌でしょうがなくて、早くここから抜け出したい、早く都会に住みたいと思ってきた。(まさに山内マリコの『ここは退屈迎えに来て』の世界まんまである。ちなみに山内氏とは同郷。)大学で念願の都会・大阪にやってきて、5年間大阪での生活を楽しんだ。大阪ならではの「濃い」人や場所、カルチャーにたくさん触れ、いろんなことを学んだ。大阪人に愛憎を抱きつつも、愛すべき人たちがたくさんできた。都会だから楽しい、というより、大阪だから楽しくて、大阪という街が大好きになった。

 

そんな中でたまの帰省で富山に帰ってくると、ありきたりだけど「やっぱりなんだかんだいい場所だな」との思いが年々増していった。それは大学生活を通して国内のいろんな場所へ出かけたり、留学中にヨーロッパ諸国を一人旅するうちに、都会−田舎の二項対立で物事を図ることが馬鹿らしくなり、どんな場所でもフラットな目線で見つめるようになった自分の変化に因るところが大きい。世間的に言う田舎には、独特の風俗やカルチャーを持っていたり、その土地のカラーみたいなものが色濃い場所がたくさんあるんだと気付いたし、逆に何でもあるように見える都会だからこそ何にもなかったりするのだということにも気付いた。どちらかが良い、悪いではなくて、どの場所も、ただそういう場所、というだけだ。合う、合わないは各人が決めれば良くて、それはその人のその時の状態や心境にも依る。そういう意味では、富山ならではのカラーを素直に面白い、素晴らしいと感じる今だからこそ、私はこの場所がコンプレックスだと感じていた過去の私と対峙するために、この場所に行くべきではないのだろうか。

 

地元に帰って生活すること、それは少し前まで自分が絶対にしないと思っていたことだ。結局何を言っても後付けみたいに聞こえてしまうかもしれないけれど、こういう「予期しなかったこと」「自分が絶対やらないと思っていたこと」を楽しめる人生は悪くないんじゃないかと最近では思っている。振り返れば、過去の私はまるで予定調和を生きるために頑張っていたところがある。最終的な「目標」(それは恥ずかしながら「職業名」だったりした)のために、逆算して今自分がすべきことをこなしていく。何にも知らないくせに、それが人生というものだと思い込んでいたし、さらにひどいことにはその「目標」にたどり着いた後でやりたいことが全く思い浮かばなかった。本当にそれがやりたいことなのかどうかも自分に確認もせずに、世間体とか職業としてのカッコよさ、自分の承認欲求を満たすものであるかどうかが常に大切なことだった。今思うとすごく悲しい思考回路だし、その「目標」にたどり着く前に一旦ゼロベースに戻ってしまったが、そのためにやってきたことは全く無駄じゃなかったし、今の自分の糧になっているものがたくさんあるので、過去の私には感謝している。だけど、ちょっと中身のOSはアップデートして、「未来で」「見えない誰か」に称賛される素敵な自分じゃなくて、「今」「自分が」求めていることに素直な自分、になろうと思うのだ。それは自分でも全く予期できないし、今日の考えと前日の考えが180度違うこともよくある。でもそうやって自分で自分の思考をコントロールできない、支離滅裂な状態が本来、人間にとって自然な姿であるはずだ。だからどこにいても、何をしていても、大切なのは「今」「自分が」やりたいことなのかどうかであって、それが結果的にちょっと前まで「自分が絶対にやりたくなかったこと」の可能性もあるというところに、すごく面白さを見出しているし、これからもそうやっていい意味で自分を裏切っていきたい。

 

とにかく今は、クーラーの効いた快適な都会の部屋を早く出て、家中の窓を開け放った田舎の古い家で、アイス食べながらセミの大合唱を聴きたい。

 

早歩き

 

久しぶりの投稿になってしまった。最近はどうもやる気が出なくて無気力である。体調は特に悪い訳でもないのだが、まあまだ冷房なしでも寝れるでしょと思って寝床につくも、寝苦しさに夜中に目が覚め、耐えかねて冷房入れるとお腹がキュルキュル鳴り出したりと、体温調節が難しい。梅雨の時期はやっぱり心身ともにコントロールが難しい。もうどうすることもできないので、あまり無理しすぎないように、自分を律しすぎないようにこの時期をやり過ごすしかない。

とまあブログを書かなかった言い訳はいくらでも並びたてられる訳なんですが…

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ところで、歩くのが早い方だ。しかも大股でもある。

フランス留学中、脚の長いフランス人に合わせて歩いていたからクセになったと思っていたけれど、ある時フランス人と歩いていた時にわたしの方が歩くのが早かったことから、これは大阪で培われたものだと今では確信している。

 

大阪の人は信号を待たない。

車道が赤になったら歩道が青になる前にだいたいみんな渡り始める。以前大阪人の教授にそのことを話してみたところ、「だって車道赤やもん。」とのお言葉を頂いた。その通り!アッパレ!!

しかしまあ車が全く通らない田舎道でさえ信号厳守で生きてきた小心者の私としては、この習慣に未だに慣れず、周りの人たちが歩き去る中歩道が青になるまで踏ん張るのがちょっとしたポリシーである。

そんなちーちゃいポリシーを守る私だが、歩く速度だけは守り切れなかった。いや、阪急梅田へと続くあの歩道橋での大阪人のスピードを誰が止められようか、いわんや小心者をや(反語)。というわけで、気が付いたら自分の早歩きに引くくらいの私が出来上がってしまったのである。しかし慣性の法則とは不思議なもので、自分の脚力にも限界というものがあるし、もう少しゆっくり歩きたいのだが、止まるに止まれないのである。…何故私はこんなに必死に歩いている…?!と街中で何度思ったことだろう。

流石に馬鹿らしくなったし、この自粛期間中外に出なかったこともあり自分本来の身体のリズムを取り戻している気がするので、これを機に外で無理に周りに合わせて早歩きをするのをやめてみることにした。

というか本来、私の動きは割と緩慢に見えるらしい。数年前にサークルの同期と電車に乗るため駅まで走っていた際、「茜って走るんや!」という、ある動物の意外な生態を知った時くらいにしか使わないようなコメントをもらったことがある。ワイ、元陸上部やで。

それと、自分の身体のリズムを取り戻すことがひいては自分の生活、人生のリズムを取り戻すことになるんじゃないかと考えたりもする。我々は世の中になにかと急かされがちだが、こういう日々の小さいことがゆくゆくは大きなことにつながるのではないかと思う。常日頃マイペースに歩くようにしてたら、人生もマイペースに歩めるんじゃね?って話だ。

イメージは、いつの日かディスカバリーチャンネルで見た、ナマケモノである。弱肉強食の南米のジャングルに暮らす世界一のろい彼らだが、その歴史は長く約1万年前から地球上に生息しているという。

実際にナマケモノのような速度で歩くのはいろんな問題があるが、心持ちは彼らのようにマイペースでいられたら…と思う今日この頃であった。

 

ラジオ回帰 -おすすめ番組三選-

ラジオとpodcastがここ半年ほど日常になっている。音で得る情報なので、朝支度をしながら、自転車に乗りながら、料理をしながら…と、今ではすっかり私の生活に馴染んでしまった。いろんなものを試し聞きしてはその内容や投稿頻度、パーソナリティーの語り口調などを総合して自分にフィットするものを探した結果、私の日常に定着した番組を3つ紹介したい。

 

まず、ラジオで欠かさず聞いているのは、以前にもご紹介した毎週金曜の三四郎オールナイトニッポンradikoで視聴した後、podcastにCMなしの編集版がアップされるのを待ってもう一度。1エピソードを最低2回は聞いている。三四郎のANNが面白いのは、まさに「ザ・内輪ノリ」という空気感。ラジオ番組の醍醐味はパーソナリティとリスナーの息のあったコミュニケーションだと思うのだが、三四郎のANNはその真骨頂ともいえると感じる。三四郎の2人のエピソードトークに、リスナーがこれでもかと乗っかって、ふざける。時には2人が予想もしなかった角度からの鋭いボケがリスナーから寄せられ、爆笑の嵐に。三四郎の2人もさることながら、リスナーであるハガキ職人たちの頭の回転の速さには毎回感動を覚える。またゲストを迎える回では、小宮がインフルで休んだ時の代打で来たバッドナイス常田の珍味回や、三四郎がひたすら馬鹿にしている同じくANN0パーソナリティーCreepyNuts・R指定とのリリック解読回など、神回と呼べるようなものが多いのも特徴である。飲み会などで披露される中身のない内輪ノリには辟易する私だが、この番組の「内輪ノリ」はさながらお互いがお互いの間合いを見計らう一触即発のムードの中、どう緊張を崩すか、そのセンスが問われるかなりレベルの高い「内輪ノリ」。聞いていてニヤニヤが止まらないため、最近では外で聞くのを自粛しているほど。そんな番組だからこそファンも多く、パーソナリティの入れ替えが激しいオールナイトニッポンの中でも、5年という番組継続記録を更新中。これからも末長く続く番組となるよう、願うばかりである。視聴はradikopodcastで。

 

そしてpodcastで聞いているのはまずNY在住ジャーナリストの佐久間祐美子さんと、「ワイアード」日本版元編集長の若林恵さんがパーソナリティを務める「こんにちは未来」。こちらはポップカルチャーから政治まで、縦横無尽に広がる話に毎回新たな発見と学びが尽きない。様々な分野に造詣が深く、さらにはアメリカをはじめとした海外情勢にも明るいお2人の無尽蔵の知識や経験から繰り出されるトークは、自分がいかに無知であるかを思い知らされると同時に、こんなに面白い社会の見方があったのか!こんなに興味深いカルチャーがあったのか!と、番組タイトルの「こんにちは未来」よろしく、現代社会に一筋の希望とか光みたいなものを見出せる時間でもある。まだまだ勉強が足りない私だが、近年政治に対してちゃんと目を向けよう、ニュースや社会情勢をちゃんと知ろうと思えているのは、世の中の全ての事象に対して私は「当事者」なんだ、と思わせてくれるこの番組のおかげでもある。最近になって書籍化も決定しており、ますます動向が楽しみだ。

こんにちは未来

こんにちは未来

  • 佐久間裕美子+若林恵
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そしてお次がファッション誌「Elle」のpodcastで配信されている星読みヒーラーyujiさんと、ダイエット美容家本島彩帆里さんの『「生き方のセンス」の磨き方』。こちらはリスナーから寄せられたお悩みを、超絶早口占い師yujiさんが、西洋占星術の観点から独自の切り口で解決するというもの。何を隠そう私が西洋占星術にハマる一因を作ったのがこの番組なのだが、それ以上にハマったのは占い師・yujiさんという存在である。最初は早口すぎてマジで耳を疑ったレベルだが(今もたまに2倍速で聞いてるんじゃないかと思う時がある)、それ以来その早口と、学術的で小難しい占星術の話を超分かりやすく置き換える独特のワードセンスが病みつきになってしまったのだ。そしてなんと言っても、彼がその著書やブログ、その他発信で繰り返し私たちに伝えている「純度100パーの自分になろう」ということに私は深く共感するのである。人は誰しもがそれぞれ純度100パーの状態で生まれてくるにも関わらず、成長するにつれこの社会で生きるために様々な鎧を身につけ、それが個々人の純度を下げることに繋がってしまう。自分の純度は幸福度に比例するため、人生とは自分の純度を高め、さらにそれを保つためのクエストであって、そのクエストのために西洋占星術は非常に有効なのである。とまあこれは彼の考えの私なりの解釈なのだが、私は頼りすぎも信じなさ過ぎもない、占いとのイーブンな付き合い方を彼に学んでいる気がするのだ。

そしてyujiさんだけでなくファシリテーターの本島さんも、時に難解になるyujiさんの話をうまい具合に噛み砕いて私たち視聴者にまで下ろしてくれるバランス感覚がほんとうに毎回素晴らしい。そして彼女のハッピーオーラ全開の進行は、番組の雰囲気を楽しくすることに一役も二役も買っている。更にさらに、美容の専門家としての見地からの本島さんの的確なアドバイスはとっても参考になるし、「頑張りすぎずに、自分のペースで心と身体を大切にする」という彼女の考え方に関しては、ダイエットを語る人でここまでちゃんと心に届く言葉を発信している人ってかなり少ないのではないか、とも思う。

そんなこんなでこの番組に対する私からの愛が伝わったんじゃないかと思うが、一聴の価値あり!是非、一度聞かれた苦!

開運セラピー「生き方のセンス」の磨き方 by ELLE

開運セラピー「生き方のセンス」の磨き方 by ELLE

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podcastはじめ、素人でも発信できる各種ラジオサービスが増え、徐々にラジオ回帰が起きているのではと思うが、個人的には人の声や喋り方という聴覚情報って、インスタの写真なんかの視覚情報よりも発信者をいち早く、より深く知れる気がするのでとても好きだ。これからもそんな魅力的なラジオコンテンツをどんどんディグって行きたいと思います。

 

 

夏との良好な付き合い方

 

夏が嫌いだ。夏に生まれた人、夏が好きな人ごめんなさい。

夏という季節が四季の中で一番テンションが下がる。ちなみに雪国出身なのでさむいさむいとは言うけど冬の寒さは案外耐えられる。

 

理由は簡単で、多汗症で汗をだらだらとかくので外に出れたもんじゃないから。

私の体が夏という季節に拒否反応を示し、各種体調不良が相次ぐ事態となるから。

 

多分、夏が好きな人は夏に体壊したことがないのではないか。

私だって他の季節は至って健康である。ここ数年は冬にだって風邪を引いたことがない、超健康優良児である。ところが夏になると、ちょっと暑いだけで、ちょっと蒸し蒸しするだけで、私の体が悲鳴を上げる。もうこれは夏に適応していない体というしかないと思うのだ。

 

特に昨今、ホー○イさんとかアマ○ツが毎年のように繰り返す「今年は過去1番の猛暑!」という文句。もううんざりである。何回過去一番やんねん!ボジョレーヌーボーか!なかなか閉店せーへん店でずっとやってる閉店大安売りセールか!余計分かりにくなったわ!

 

ちょっと一旦いい?これ、毎年上がる気温と共に夏をやり過ごすの無理くない?これ誰か思って口に出したことある?目からウロコだったっしょ?え、一旦無理くない?って私は毎年思ってる。2年前くらいから、夏の間の口癖が「日本はもう東南アジア」な私にとって、夏が始まり終わるまでは、ゴータマさんちのブッダくんもびっくりの己の精神修行の期間なわけですよ。

 

とはいいつつ近しい友人ならご存知ですがここ近年夏の間の私はとにかくブーたれており、あちいあちいあちいあちいといもしねえ敵に対して常にメンチ切っている状態で、やれ花火だのお祭りだのあちいのになんでわざわざ人が集まるとこに行かなきゃなんねんだ!とお前が一番暑苦しいわ!!!状態なので本当にこの場を借りて陳謝いたします。そう、夏の暑さが精神的な不安定さに直結するタイプの人間なんですよね、珍しいっしょ?(ニコ)しかし、そんな無様な真似はもう金輪際やめたい!!!だって仕方ないんだもん!暑いのってみんなに平等なんだもん!しかもどうすることもできないんだもん!当たり前だよね!でもこんなことに気付けないくらいジャックナイフばりに尖った夏の間の私なんだもん!悔しい、、、そんないもしねえ敵に対してブーブー言ってても消耗するだけだし、生きてりゃ辛いことなんて道端の小石のようにコロコロ転がってると気づいたここ数年の私なので、できれば常日頃からデフォルトで観音スマイルしてたいわけですよ。そこで、夏との良好な付き合い方を、夏がもうそこまで迫っている今、考えたい!

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①下着を全部エアリズムにする

急に実用的かよ〜〜。家族に勧められたのでとりあえずあげとく。でも実際エアリズムってどうなん?下着というよりトレーニングウェアみたいな認識だし見た目可愛くないしなんか悪口止まらんけど実際どうなん?でも、ネットで見る限りペロペロさら〜んて感じで夏にはきっと悪くない。あと服に響かなさそうだしね。

 

②冷却スプレーを持ち歩く

なんかあるよね。服とか皮膚とかにかける冷却効果があるスプレー。去年はshiroのコールドスプレーが流行ったよね、これ欲しかったんだけど秒でなくなってたの…こういうの汗かき優先なんだよ?!(嘘)今年も出るみたいだけど、各社比較してよさそうなやつ買ってみようかな。外に出る時は香水つけるタイプなので、こういう後からシュッとするミスト系、匂いが混ざるかもと思って敬遠してたんだけど、ハーブ系だから嫌な感じにはならなそうかな。

www.fashion-press.net

 

③つばひろの帽子

これは去年あたりから私の夏のマストアイテム。とにかく日光を遮断!これが一番手っ取り早いってね!ちなみにつばひろと言ってもいわゆる女優帽みたいな横に長いものでなく、私としては首と左右の横顔がガッツリ隠れる筒系タイプを推したいのです!じゃあつばひろちゃうやん!というてもつばひろ以外言葉が思い浮かばないのよ。私が今年いんでない?と思ってるのはパリのブランドsoeur(スール)のこれ。ほど良いカジュアル・リラックス感があるのだけど決して保育園にお迎えのママさん帽子にはならないこの形がミソ。あと首が隠れるってのは暑がりにとっては結構大切で、熱中症とかでもよく首を冷やしたりするよね。大事なところが通気性良く適温に保てるってのはこの深めの形のいいところですね。

www.soeur.fr

ちなみに、だったら日傘でいいやん!ってなる向き、分かります、、、私もやっぱり日差し対策には日傘が一番効率的だと思うし、日差しから来る体調不良なんかもかなり効果的に防げると思う。しかし日差し対策アイテムとババアイテムは紙一重、というのは私の辞書に深く刻み込まれており、uvカット手袋付けるくらいなら自分、全然焼きます!っていうお年頃なのです。悪しからず。それゆえお洒落に持てる日傘を見つけられていないんですよね、、、アフリカンバティックのやつなんかはずっと気になってはいるんだけれど、自分のファッションと合うかどうか、、、となるとまだこれを持つ確固たる自信が持てず。だけど柄や色味によっては結構違和感なく持てたりするのかもしれない。研究は続きます。

 

④タオルはもちろん2枚持ち

まあ基本ですよね。多分汗かき以外には分からない基準かもしれないし若干引かれているとも思う。けれども汗かきには汗かきなりの最低限のたしなみってもんがああるんでえ。流れてくる汗はしょうがねえ、だけどな、それを清潔なタオルでふくってことさ。ってことでだいたい夏本番はタオル2枚持ちという部活生のようなデフォルトスタイルでお送りしております。

 

⑤夏を日本以北で過ごす

最終手っ取り早いのがこれ。まあ日本以北っていうか、北海道とか北の方でもいいと思うんすけど、なにせ夏の間の口癖が「日本はもう東南アジア」の私にとってはもういっそのこと夏をヨーロッパとかで過ごしたいんですよね、なにせ留学中にヨーロッパの夏の過ごしやすさ知っちゃったから。ま、とは言うても夏真っ盛り!の1〜2週間はさすがにヨーロッパでもここ近年は気温上昇著しいし、向こうはデフォルトでクーラーナッシングなのできちぃきちぃ。てことは何かい?北欧?もう北欧しかないの??

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最終的には日本脱出計画が一番現実的に暑さを凌げそう。とまあここまで読んでもらって分かっていただいた通り、暑さ耐性がなく汗かきという自身のボディーバランスゆえに、毎年本当に夏に悩まされてます!キラーン!嫌いな人のことってよく考えちゃうってアレね!イカイカン!でも嫌いな人ってほっといたらいいだけなんだけど、夏のやつってば向こうからやたら構ってくるから困ってんのよね!だからこんなに頭悩ませてフル装備で挑もうとしてるってワケ!さあみんな、そろそろ赤道が迫り上がってきて日本が東南アジアになる季節がやってくるね!今年も暑さが和らぐまでの数ヶ月、無事でいられますように〜〜!

 

ルーティーン

 

この自粛期間は、自分にとっていかに毎日のルーティーンが大切なのか分かった期間でもある。元来乙女座は「秩序」や「整理整頓」を尊ぶ星座だと言われているけれど、あるときふと、1日のうち朝と夜、やること・ルーティーンが自分の中で明確に決まっている時間になると、安心感を覚える自分に気がついた。

 

朝、起きて(時間は遅い)トイレに行って、まず窓を全部開け放して空気の入れ替えをする。

顔を洗い、スキンケアをして、

その間にお気に入りの真っ赤のホーローヤカンでコーヒーのためのお湯を沸かす。

ちなみにこのホーローヤカンは元彼と一緒に住んでいた時に一緒に買ったものだが、

その家を離れる時にきちんと引き取ってきた代物である。

そう、それで沸かしたお湯でペーパードリップコーヒーを淹れる。匂いがいい。

その間にトースターで食パンをトーストする。初代トースターが壊れて、しばらくの間フライパンで焼いてた時期もあったけどやっぱり満足いかず、姉からのおさがりトースターを貰い受け使い出してからは、やっぱりトーストはこうでなくっちゃ!という焼き上がりを見せてくれるので嬉しい。トーストが好きだ。

焼けたらバターとジャムを塗る。

無糖のヨーグルトに、蜂蜜とシナモンをかけたり、冷凍のブルーベリーを入れたり、ジャムを入れたり、その時にあるフルーツを細かく切って入れたりする。

全てが揃って朝ごはんを食べる。

最近はテレビを見たりせず、ポッドキャストとかラジオとかを聞きながら食べる。

目から情報を入れないので、朝ごはんの味が際立って美味しい。気がする。

朝ごはんは昔から甘くて軽いのが好きだ。どうしても朝からご飯を食べられない。と言っても実家に帰省している時はご飯になるし、それはそれで美味しいのだけれどまた一人暮らしが始まると甘いのに戻る。

それから洗濯物がたまってる時は洗濯機を回して干す。天気がいいと気持ち良くて、干した洗濯物を何度も見に行ったりする。おお〜気持ちよさそうに乾いておるな〜〜ということを確認するだけ。(笑)ただここのところ洗濯機のカビがひどく、何度か掃除しても取れないので悩んでいる。

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夜は、夕飯を食べた後ゆっくりして、

ここ1ヶ月くらいやっている下半身中心の筋トレがルーティーンの始まり。YouTubeのお手本を見ながら、気分の上がる音楽をかけつつやり切る。たかだか15分〜20分くらいのものだしほぼ寝っ転がってやるんだけど、運動嫌いの私なので多めに見て欲しい。

それからシャワーをして、ちょっと体が冷えてるなと思う時は湯船にも浸かって、

スキンケアをして、髪の毛乾かして、

それから部屋の照明を落としてアロマディフューザーの明かりを灯してアロマ炊きつつ、

YouTubeでいつも参考にしている占い師さんの動画を見ながら宇宙に思いを馳せつつ(笑)、

リンパマッサージをする。足が軽〜くなったなと思ったら、

空手をやってた時からかれこれずーーっと続けているストレッチをする。

特に意識してこの筋肉を伸ばす、とかもなくベーシックな10分くらいのストレッチだけど、

これをやらないと気持ち悪くて寝れない体になってしまったので、たとえ旅先でもやる。マッサージは今みたいに時間がある時にしかゆっくりできないけれど、それがたとえできなくてもストレッチだけは絶対にやる。

そうしてグダグダしながら布団に入るのは日付を過ぎてから1時間後くらい。

 

こういうルーティーンを毎日毎日繰り返すことが、私の精神の安定に一役買っているのだなあとしみじみ思う今日この頃。そしてそんな日常を平和に送れていることに感謝だな。

フランス留学よもやま話①

 

さて、昨日投稿した記事の通り、私は大学3年時にフランス・リヨンで一年の留学を経験した。このシリーズでは、そろそろフランスが本格的に恋しくなってきた私が留学中に楽しかったこと苦しかったことなどなどを忘備録的に書き連ねていこうと思う。

 

生まれて初めての海外、それもいきなり1年弱の滞在という、我ながら思い切った行動に踏み切ったなと思うが、あの頃は「何が何でも行かなくちゃ!!!」と息巻いており、不安しかないけどまあなんとかなるっしょ!という謎の自信だけを携えリヨンに降り立ったのである。

 

まあこうして大学も卒業し、日本でブログを書いているということは幸いにも何とかなったということなのだが、昨日たまたま在仏中の日記を見返していたところ、いろんなことを相当に思い悩んでいたことが呼び起こされ、当時に帰って思わず自分を抱きしめてやりたい気持ちになった。そんな第一回目の今日は、いきなり留学中に私がぶち当たった巨大な問題のお話です。

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私にとって留学は確実に人生の節目だったと言える。初めて日本を離れ、「異邦人」としてフランスで生活することによっていろいろな気づきを得た。今まで、日本という安寧の地に自分がどれだけ甘えて生活してきたかということに嫌ほど向き合わされたし、日本人とは全く違った常識を持つ人たちとの関わりの中で、自分の視野も視座も一気にグッと広まり高まり、平たくいえばアイデンティティクライシスなるものが起きたのが私の留学だった。そう、自分が一回ブッ壊れたのである。え??世界広すぎん?てか自分の世界狭すぎん???うわ、自分って今まで何が楽しくて何のために生きてたんやっけ??あれ??ナニコレ??みたいなやつである。まあ、その状況が「アイデンティティクライシス(自己喪失)」なるものだと知ったのは随分と経ってからなのだが、、、

kotobank.jp

 

海外での生活経験がある向きなら理解していただけるかもとは思うが、はっきり言ってこれはかなり辛かった。というか、全然こんな暗い問題抱えなくても楽しめるのが留学だろうとは思うが、そこは太陽星座・月星座乙女の宿命なのか、自分の抱える問題に真っ向から立ち向かい、答えが出るかどうかは別として考えあぐねなければ気が済まなかったのである。

 

それまでの20数年間、自分の中で「常識」としてあったものが根本から覆されると、人は大きな衝撃を受けるらしい。それまで閉じこもっていた世界、型というものに軋みが生じ、というか外側からハンマーのようなもので打ち破られ、広〜い空がぽっかり見える。そして外に出てみると、それまで閉じこもっていたものの全貌が明らかになり、自分がいかに狭いものに囚われていたかに面食らう、という具合だ。お国柄だけで結論づけたくはないが、しかし島国で独自の文化を育んできた我々にとっては、一度ポーンと大陸に放り出されないと、世界のだだっ広さを知る術はなかなかないのでは、とも思う。

 

とにかく、ヨーロッパ大陸フランス共和国で途方に暮れた私は、いろんな人を精神的に頼った。日本にいる家族、マイメンたち、リヨンの友達、先輩、、、それまで、「人に頼る、弱さを見せる」ことはなるべくしないほうがいい、という武士みたいな精神を持ち合わせていた私は、身を挺してこの自分の掟を破った。というか破らざるを得なかった。「吐き出すしかないのでござる!」というところまできていたからである。「日記をつける」という習慣を始めたのもこの留学中である。自分の思いを、文字や声にしてみるというのは当たり前なことのようで偉大なことだと思う。日本語、フランス語、その他諸言語を発明した大昔の人にマジセンキューである。それ以来、人に話すこと、または日記やブログなど、自分の思いを気の向くままに書くことが自分の考えや感情の整理でもあるし、自分自身を癒すことにもなっている。

 

とは言っても、様々な人との関わりや、尊敬できる、心を許せる人たちとの出会いの中で徐々にときほぐされ、帰国の頃にはちゃんと(?)「帰りたくない!」と素直に思えるまでに留学を楽しめたので、そこは安心して欲しい(なにを)。逆に、一番辛かった出来事を一番先に書いておくことで楽しかった思い出を安心して思い出していこう、というスタイルなのです。

 

なんだか随分と厳しい留学回想ブログの始まりとなったが、こうしてブログを書いているのも、書くことが癒しになると気づけた留学中のことがあってからなので、ちゃんと書き記しておこうと思う。次回は明るい記事になることを願って。アデュー。

 

La ville de soie

 

2年前、2018年の夏頃までの1年間、フランスはリヨンという場所に留学していた。

リヨンはその昔絹織物の産地として栄えた街で、フランスでは現在でもパリに次ぐ2番目の都市として、また同時に食の都としても名高い。街の端から端まで1時間もすれば歩けてしまうくらいの規模感なのだが、2本の大きな川を中心に、街全体の雰囲気がパリとはまた違ってのんびりしたところとか、レストランのご飯が絶品でなおかつ比較的安価なところとか、文化施設やブティックも充実してるのに少し歩けば緑豊かな大きな公園があるところとか、とにかく住みよく、あの街で留学生活を送れたことは私にとってラッキーなことだった。

 

そんな絹の街リヨンでは、毎年「marché de la soie(絹織物市)」という、リヨンの絹織物アトリエの製品がならぶ一大イベントがある。色とりどりで、趣向を凝らした模様の絹織物が並ぶ景色は壮観である。「ジャポネズなの??昔はリヨン産の絹織物を高島屋に卸してたんだよ!」と話してくれたムッシュもいて、嬉しかったのを覚えてる。まあ、とは言ってもそんな高貴な絹織物、留学生のお財布事情で買えるわけもなく、、、友達と、欲しいよね、でも無理だよね、でもなんか欲しいよね、とブツブツ言いながら会場内をがめつく物色してたら見つけたのが、絹織物の端切れセット。大きめの端切れがなんと5種類入って20ユーロ!これは買いでしょう!と、バーゲンセールみたいなカゴに入ったアソートセットの山を漁る漁る、、、そして見つけたお気に入りのセットを手に、「この端切れで何か作ろう!」と意気込んでルンルンで帰ったのです。あれから2年、、、時が経つのは早いですね。実家に置いておいたら、いつの間にか綺麗な端切れのひとつがCDのホコリ避けカバーとして使われていたりしたが。この自粛期間中に一念発起して、ポーチを作ってみた。

 

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大きなポーチは私、小さなポーチは母のもの、である。裏地まで贅沢にリヨンの織物を使ってみた。裏地がピンクってのは我ながら可愛い。

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こちらは姉のために作ったもの。私が買ったアソートセットの中では一番どっしりと存在感を放つ生地だったため、シンプルに。

 

あたためていた(半分忘れていた)生地をこうして日常使いできる姿に変えられて嬉しい。リヨンの思い出を持ち歩ける形にしたことで、なんだかリヨンでの出来事や、リヨンの友達といつも一緒にいる感覚もあって力強い。

 

お土産として製品を買うのももちろん好きだし楽しいけれど、自分が手を加えてひと手間かけることによって、もっと味わい深いものになるね。